エロなし、シリアス、SSというより本編補完もの。
終盤のネタバレにつき紫苑ルート未クリアな人は飛ばすが吉。


「…卒業まで残り二ヶ月ですか。早いものですね」
生徒会室を出た私は、夕暮れに染まる廊下で独り言ちた。
「生徒会も葉子さん達に安心して任せられそうです。…少しだけ寂しい気もしますけど」
何気なしに窓の外を見てみると、屋上に人影を見つけた。
「あれは……紫苑さま?」
間違いない、あの遠目にも分かる長身と美しい黒髪は紫苑さまのものだ。
退院されたとは言え、病み上がりの身にこの寒気は毒のはず。
そう思った私は屋上へと足を向けた。

「…あら?この声は…紫苑さまと、お姉さま?」
屋上へと通じる扉の向こうから、微かに声が聞こえる。
『まあ、ご自分でお解りになっていらっしゃらないなんて……変な人ですね、瑞穂さんは』
『す、すみません……』
「…ふふ、お姉さまったら」
でも紫苑さまの言いたいことは解る。
瑞穂さんは本当に変な人だ。
周りの人に否応無しに影響を与えてしまう人。
おかげで、私もいろいろなことを知ることが出来た。
紫苑さまとはまた違ったタイプですが、まさに理想のエルダーと云えるでしょう。
…私も、あの人には感謝の念だけでは表せない好意を抱いていますから。

……だからこそ、次の紫苑さまの言葉が理解できなかった。
『私、あなたとお友達になれて……本当に、よかったですわ……あなたが男だと云うこと、秘密にしておいて本当によかった』
「……え?」
オトコ?…男?瑞穂さんが?
……そんな莫迦な。紫苑さまの冗談に決まっている。
私も最近知ったが、あの方は結構その手の悪ふざけが好きな方ですから。
…でも、瑞穂さんは笑い飛ばしも否定もしない。
二人の間に流れる空気も真剣そのものだ。

『やめて下さい…………っ!』
呆然としていると、急に瑞穂さんの気配が変わった。
これは…困惑?いえ、恐怖?
『やめて下さいよ…紫苑さん……だって、まだ。二ヶ月以上あるんですよ……?』
…まるで小さな子供が泣いているような声。
『病気は関係ありません。でも、そう云う約束なのです……今はどうか聞かないでおいて下さい。私は、私の下らない事情なんかの為に、あなたに変わって欲しくはないのです』
『紫苑……さん……』
…そう、紫苑さまはあの忌まわしい男の所有物となってしまう。
ただ名家とやらの称号を手に入れるためだけの道具として。
それは、おそらく政略結婚の道具として飼われている籠の鳥の私よりもなお深い暗闇に違いない。
…今までは何とか先延ばしに出来たが、名声が欲しい父や紫苑さまの身体を狙う兄はこの機を逃すまい。
今度倒れてしまえば結婚式どころではなくなる…などと云いながら内外から圧力を掛け、下手をすれば卒業と同時に話を進めようとするだろう。
資金援助という名目の金の鎖で幾重にも縛られた今の十条家に、それを跳ね除ける力があるとは思えない…。

『帰りましょう、紫苑さん……。病み上がりなんだから、身体に障りますよ?』
そんな暗澹とした思考に沈んでいると、そんな声が聞こえてきた。
…いけない、見つかってしまう。
咄嗟にそう思った私は、足音を殺して階段を駆け下り、近くの教室へ身を隠した。

…お互い口を開かず、手を繋いだまま黙って曲がり角の奥へと消えていく紫苑さまと瑞穂さん。
それを見届けた私は、お二人と入れ替わるように屋上へ足を踏み入れた。
……身を切るような寒風が私の身体を通り過ぎていく。
そのおかげで頭が冷えたのか、少しは今の話について考えることが出来るようになった。

…おそらく、瑞穂さんが男だという話は真実だ。
確証はないが確信できる。
ならば、何故この恵泉に編入できたのか?
いくらなんでも書類の偽造くらいでは誤魔化せないだろう。
ということは、この学院に対し小さくない影響力を持つ存在が背後にいるはずだ。
「…調べてみる必要がありますわね」
今までに瑞穂さんから聞いた話を思い出す。
恐らく正体がばれぬよう虚偽も入っているとは思うが、それでも手がかりには変わりない。
「…そう云えば、お母さまがエルダーだったと仰っていましたね」
普段の振る舞いはともかく、母の思い出に触れることが出来たと喜んでいたあの顔まで演技ではないだろう。
確か図書館に卒業生名簿や名士録があったはず。
もしかすると気の遠くなるような作業かもしれない、空振りに終わる可能性もある。
それでも私は躊躇いを切り捨て、ゆっくりと歩き始めた…。

以上。
一応続きのプロットもありますが、書くかどうかは未定です。
うまくまとまれば投下します。


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