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『年上の彼女』 by 「9-228」氏


エロ無し瑞穂×紫苑を投下。
宿り樹の腕輪の後日談ということで。

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「おはようございます、瑞穂さん!」
 ほかの生徒より早めに登校した僕が教室の扉を開けると、今日も紫苑が最高の笑顔で僕を迎えてくれた。手術が成功して学園に復帰してから、紫苑は一番に登校して教室で僕を待っていてくれるのだけど、今日はなんだか恥ずかしくて紫苑の顔を見れない理由があるわけで……。
「お、おはようございます、紫苑さん……」
「あら?どうかなさいまして瑞穂さん?」
 僕があからさまによそよそしい挨拶を返すと、紫苑は首を傾げながらそう尋ねてきた。
「い、いえ、別に何も……」
 だ、駄目だ……自分でもあからさまに怪しい、と思う。
「なるほど……瑞穂さんは何か私に後ろめたい事がおありなのですね」
 急に真剣な顔つきになる紫苑。
「激しく愛を語り合ったこの場所で、愛する人の衝撃の懺悔を聞かないといけないなんて、
私なんて不幸なのかしら……よよよ……」
 そう言うと顔を両手で押させて体を震わせながら泣き始めた。
「ちょ、ちょっと紫苑!」
 冗談だと分かっているのだけど、紫苑の迷(?)演技につい呼び方が2人きりのときの物になってしまった。
「では瑞穂さん、私と目を合わせない理由、お話になってくださいますよね?」
 さっきまでの泣き声はどこへやら、紫苑はその端正な顔を僕の顔の目の前まで移動させて、逸らしたままだった僕の目をじっと覗き込む。はぁ〜……やっぱり僕は一生紫苑には頭が上がらなさそうだ……。


「い、いい加減笑うのは止めてください!」
 衝撃の懺悔から30秒程経ってもまだ笑いが止まらない紫苑に、半泣きになりながら僕はお願いをした――。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……」
 たっぷり笑って満足した様子の紫苑に僕は恨めしそうに呟く。
「ふふ……だって瑞穂さん、そういう事の後に恥ずかしがるのは女性のほうではなくて?」
「いえ、男でも恥ずかしいものは恥ずかしいんです……」
 だって教室でですよ? 誰かに見られるかもしれない教室でしちゃったんですよ? 思い出すだけで恥ずかしくて顔が熱くなるわけで。しているときは夢中で気にならなかったけど、一晩経って冷静になってみるとなんてことしちゃったんだろう、と。
「もちろん私も恥ずかしくは思いますが、結局誰にも見られずに済みましたし、いい思い出も出来ましたし、万事めでたしではないでしょうか?」
「まあ、そうなんですけどね……」
 満面の笑みでそう紫苑に言われると、それ以上返す言葉が見つからない。紫苑も喜んでくれたみたいだし、一度くらいならまあいいか…。
「それにしても」
そんな僕の思考を遮る紫苑。
「初めてのときに瑞穂さんが仰った、殿方は恥ずかしがる女性を見られるのが好きというお言葉、私なんだか分かったような気がいたしますわ」
 ちょっと紫苑、いきなり何て事を。
「だって先程の恥辱に塗れながら告白する瑞穂さん、最高に可愛かったんですもの」
 そう言う紫苑はまたも満面の笑みを浮かべているわけで。それは悪人の笑顔ですから紫苑。


「まだ皆さんが登校される時間までには余裕がありますわよね?」
 確かに皆が登校してくる時間までは少し時間があるけれど、ってなんで僕の背後に回り込むんですか紫苑? なんでだんだん距離が近づいて……。
「だ、駄目です、駄目ですよ紫苑!」
 背後から抱きつかれ、紫苑の手が僕の胸に近づいたところで慌てて振りほどく。
「さっき学園でするのは駄目だって言ったばかりじゃないですか!」
「あら? 恥ずかしくなったというのはお聞きしましたけれど、駄目という言葉は聞いておりませんわ」
 表情はさっきからずっと満面の笑みのまま。確かに駄目とは言ってなかったけれど、今の流れでするのは反則です紫苑……。
「と、とにかく、学園内ではキスを含めてそういう事は駄目です! 絶対駄目です!!」
「な、何を考えているんですか全く……」
 僕にしては珍しく、はっきりと拒絶する。
 それは僕も紫苑としたいし、教室でしたのも実は気持ちよかったりしたけど、ここで流されてしまっては……今日こそは流されちゃいけない。そんな事を考えながら、ふと見た紫苑の目にはうっすらと涙が。
「ごめんなさい……私瑞穂さんの気持ちを全く考えていませんでしたわ……私みたいな淫らな女なんてお嫌いになられましたよね」
 最初の明らかな嘘泣きとは違い、涙を浮かべて声を震わせながらの紫苑の言葉に僕は戸惑う。
 それは絶対駄目だとは言ったけど、教室でするのが駄目ってことで、それでも嫌だっていう訳じゃなくて、もちろん紫苑を嫌いになったりなんてしていないわけで。
 直ぐに誤解を解きたいのに、急な紫苑の涙に動揺した僕は言葉を出せない。


 僕は考えることを止めて、紫苑を正面から抱きしめた。
「瑞穂、さん……?」
「何があっても僕は紫苑を嫌いになったりなんてしません」
「いえ、嫌いになったり出来ません」
「だから、泣くのを止めてください……」
 紫苑を抱きしめる力が強くなる。
「……それは、本当ですか? 私は先程もあのような事をしようとしましたのに」
 弱い声でそう言う紫苑の表情は抱きしめている僕からは見えない。いや、見たくなかった。だから抱きしめたのかもしれない。
「だからそれは学園内ではと言ったでしょう? 僕は紫苑を好きですし、紫苑とキスをするのも好きですし、紫苑と……するのも好きです」
「触れられているだけでドキドキするし、抱きしめられているだけで幸せな気持ちになります」
 頭で考えたんじゃなくて、自然と出たそんな言葉は、本当に僕が伝えたかったものだと思う。
「瑞穂さん、信じてもよろしいんですよね?」
 紫苑にも伝わったと思った。
 僕はやっと紫苑を抱きしめていた力を緩めた。
「もちろんです」
 そして数十秒ぶりに見た紫苑の顔は、目には涙が浮かんでいたものの、満面の笑顔だった――。


「さっきは本当に泣いていたんですよね……?」
「当たり前じゃないですか」
「いくら私でも泣き真似で本当の涙は出せませんことよ?」
 それは分かっているんだけどね……。分かってはいるんだけど、悲しさの欠片も残っていない笑顔をみると聞かずにはいられないというかなんというか。
「私もやりすぎてしまったと思ったのです。それで瑞穂さんに嫌われたと思ったら自然に涙が出てきて」
「私、本当に不安だったのですよ」
 少しばつが悪そうにそう言う紫苑はもういつもの紫苑だった。
「――そうだったんですか」
 そう返す僕も紫苑から見るとばつが悪そうなんだろうなあ。
 なんだか昨日から紫苑に振り回されっぱなしだった気もするけど、そういうのも全然嫌じゃないというか、そんな紫苑も可愛いなあというか、やっぱり僕は紫苑を好きなんだなあというか……。ああ、僕って脳みそとろけてるかも……。
「紫苑」
 そんな事を考えながら、僕は年上の彼女を優しく抱きしめると、そっと唇にキスをした。これくらいなら、やっぱりいいよね――。

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