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『二人のMother's Day』 by 「8-824」氏


 日曜日。雲ひとつない空は透き通るように高い。買うものがあって、僕は一人でデパートへ向かっていた。
「はぁ……視線がいたいよぉ……」
 じつは、出掛ける時まりやに見つかってしまい、今の僕は、その、えっとミニスカートを履いている。
「なんでこんな目にばっかり……」
 思わず泣きたくなってくる。まりやは
「もし、男の格好してるのが、見られたりでもしたら大変じゃない」
 って言うけど、僕のほうが大変だと思う。あのまりやの顔は絶対面白がってたし…
 足元がスースーして頼りない。すらっとした足は脚線美を描いているが、じかに露出したふとももなんかははものすごくエッチぽかった。
 まぁ、それはともかく
「えっとなにを買うんだっけ……」
 デパートに着く前に買うものを頭の中で反芻する。
(シャンプーと、えっと歯磨き粉とえっとファ、ファンデーションだっけ…?)
 これはまりやに言われたものだが……小さくガッツポーズ作って気合を入れる。いい加減割り切らないとだめだよね……はぁ……


「あれ……?」
 デパートに入ってすぐなにかのフェアだろうか、何時もとどこか違う賑わいに気付く。あたりをグルリと見回してみるとすぐその正体に気付いた。
 そこには大きく
『Mother's Day』
 と描かれた看板が飾られていた。


「そっか……今日は母の日なんだ……」
 母の日――それは不思議な感覚だった。もうずっと忘れていた―
(母の日ってどんなのだろう……)
 幼い頃に母を亡くした自分には、それはとても―

 気が付くと自然に足はそちらにフェアの開催しているほうへと向かっていた。
 こちらに気付いたのか店員さんが近寄ってくる。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
 とくになにも探してわけではないので思わず慌ててしまう。
「い、いえ、どんなものがあるか気になっただけですから……」
「ふふっ。きっとお母様も喜ばれますよ。これなんかどうでしょうか?」
 そういって差し出されたのは、
「カーネーション?」
「はい。やはり母の日にはこれが定番ですし、観賞用になっておりますので手間もかかりません」
 それはとても綺麗な赤い花だった。
(寮の部屋に置いてもいいかな……)
「えぇ。とても綺麗ね。それを頂くわ」
「はい。かしこまりました」
 そう言ってレジのほうへと向かおうとする。ふと脳裏に浮かぶ姿があった。ずっと身近にいてくれて、いつも笑顔を絶やさずにいたその顔―
「あ、ちょっと待って――!!」
 無意識的に僕は店員さんを呼び止めた。

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 寮に帰ってきた僕は、部屋の机の上に、先程買ってきたばかりのカーネーションをそっと置いた。
「ずっと昔、母様はこの部屋にいたんですね……」
 ひらひらやフリルのたくさんついた部屋。最初にこの部屋に来た時のことを思い出す。あの時の事を思い出して、僕は苦笑した。
「母様は割と乙女趣味だったんですね」
 優しくそのカーネーションに話しかける。それがまるで自分の母親であるかのように―
「恨みますよ。僕に母親孝行させてくれなかったこと」
 自分の言葉を噛み締めるように口にだす。小さい頃から思っていた。一体自分の母親はどんなひとなんだろうと。まるでなにも知らなかったから。憶えていなかったから。
 それが、この学園にきてから少し分かった気がした。一子ちゃんにあんなに思われていた母様……
「僕を産んでくれてありがとう――」
 母様の人生は幸せだったんだと感じることが出来たから……ほんとは直接伝えたい、会ってたくさん話たいことがたくさんある。でも――それでも――
「じゃあ、母様僕は行きますね」
 最後にもう一度見て、部屋から出る。窓から入り込んだ優しい風が部屋を吹き抜ける。次に行くところは決まっている。今日が、母の日だと言うのなら、あの人のところへと――

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「うーん、平和ですねぇ」
 庭の掃除をしながら、そんなことを呟く。この家の主が海外出張に出掛けているので、鏑木家は特になにもなくまったりとした毎日を過ごしていた。
「少し、不謹慎すぎましたかしら……」
 なんて一応考えてみるが、だから別に考えを改めるわけでもなく、広い庭をひとり掃いている。


「そうですね、少し不謹慎かも」
「きゃっ―?!」
 唐突に背後から声を掛けられて驚く。
「み、瑞穂さん!?」
 そして声を掛けてきた人物を確認してもう一度驚いた。
「久しぶりですね楓さん」
「ど、どうして瑞穂さんがここに?」
「酷いこと言わないで」
「ですが、お戻りになるという連絡は聞いておりませんわ」
「はは、今日いきなり来ようと思ったんですから当たり前ですよ」
「なら、その前にご連絡してくださってもいいじゃありませんか」
 ぷくっと膨れてそう告げる。
「急いでたものですから、すいません」
「それで、どうかなされたんですか? なにか必要なものがあればこちらからお運びいたしますのに」
「いえ、そういうわけでもないんですけど……」
 どうしたのだろう?いつもの瑞穂にしては会話の歯切れが悪い。まさかとは思うが……
「テストで悪い点数を取ったとか……?」
「なんでですか!」
「ん〜、」
「そんな変なことじゃないですってば、これを楓さんに渡しに来ただけです」
 先程から、手に持っていた何かを私に渡してくる。

「これは……?」
「開けて見てください」
 言われた通り、袋を開けて、中身を取り出す。手に取ってよく見るとそれはブローチだった。カーネーションをモチーフにしたブローチ。
「綺麗……」
 自然と口からそんな言葉がこぼれる。日の光を反射して、それは眩しく輝いていた。
「今日は、母の日ですから。それを楓さんに」
「私に……?」


 母の日。それは孤児院にいた私にはまったく縁のない日だった。
「母様にはもう渡しましたから」
 瑞穂さんがなにを言っているのか、頭が混乱している。
「だからそれは、今まで僕を育ててくれたもう一人のお母さんに」
「――ッ?!」
 ドクンっと心臓が高鳴る。
「今まで、ありがとう楓さん」
「……瑞…穂さん……」

 母親になろうと思ったことはなかった。それは無理な話だ。でも、母親のようでありたいと思った。どこまでも
「楓さんが…たくさんの優しさを教えてくれたから、今僕はここにいます」
「あなたは……すっと優しかったですよ……」
 胸の奥が熱くなり、なにかがこみ上げてくる。
「楓さんが、僕の母親で本当によかった…。ありがとう」
 頬を熱いものが流れた。一度、零れ落ちたそれは止まることなく溢れてくる。
「だから、受け取ってください」
 優しげな微笑―それはずっと前に、瑞穂の母である幸穂がみせていた笑みとまったく同じだった。

「ありがとう…ございます…瑞穂さん…。私今日のこと、一生忘れませんわ……」
「ふふっ。大げさですよ楓さん」
 ゆっくり首を横に振る。
「私のほうこそ、瑞穂さんみたいな世界一可愛い娘の母親になれて幸せですわ」
「もう、僕は男です!」
「あらあら、そんな可愛いらしい服装でなにを言ってらっしゃるのかしら」
「こ、これはまりやが……」
 涙を拭いながら、軽口を叩く。

 あの学園に行ってから、瑞穂はとても変わった。誰からも愛される存在に。あの奏さんを見ていればわかる。
 ひとから、あれだけ想われることはそう容易なことではない。それなのに、あの全幅の信頼を向けている目。他者を愛し、他者を慈しむ。いつの間にか瑞穂さんは――

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 その夜、日記を書く。細かくはいらない。胸に刻まれた感動は消えることはないから。そう簡素でいい。

5月12日 日曜日
幸穂様と私の『二人のMother's Day』

――FIN――

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