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『ある連休の朝』 by 「8-593」氏


 学舎を囲う、高く連なる茶色い煉瓦の塀。
 茶色く舗装された広い歩道と、それに並行して走る私道。
 その外れにある、小さく控えめでありながら、どことなく威圧的な雰囲気のある建物。
『私立恵泉女学院』と記された正門前を下る事およそ100m。県道と正門を繋ぐ学院の私道の境にあるこの建物には、伝統ある学園に通う子女の安全を守る警備員(ナイト)達がいた。
 彼らは交代で、この警務室前にある外門と、学院の正門に歩哨として立ち続けている。更に幾人かは、学園の敷地内を定期的に巡回し、学院の平和を守っていた。

 純粋可憐な年頃の少女達を脅かす外敵を排す役目を負いながらも、しかし決して暴力的かつ威圧的な雰囲気を漂わせてはいけないという困難な役割を負う守護者達。
 その一人である彼は、今年55歳になる身体を警備服で包み、いつも通り朝早くから学院の正門脇に立ち、ゴールデンウィークで人気の絶えた学院を見守っていた。


「警備員さん、いつもお疲れ様です」

 好々爺然とした風貌の彼に話しかけてきたのは、その可憐な体躯には少々大きすぎるリボンを揺らめかせる少女。顔なじみである、周防院 奏であった。

「ああ、ありがとう。どこかへお出かけかね?」

 少女は見覚えのある、彼女の身の丈ほどもある大きな荷物を従えていた。彼女の住む寮は、外門とは反対方向、正門前を通り抜けた奥にある。
 わずかな距離とはいえ、大きな荷物を押してくるのは彼女には堪えたのだろう。白い小さな手を胸に当て、呼吸を整えつつ、少女は言葉を紡ぐ。

「はい。お姉さまのご実家に遊びに来ないかと誘われたんです」


──お姉さま。


「エルダーシスター」という、独特の風習をもつこの学院で、『お姉さま』とはその年のエルダーただ一人を指す。だが彼女の言う『お姉さま』が、現エルダー兼生徒会長である門倉葉子嬢では無い事を、彼は知っていた。
 今年の正月、春休みと、少女が同じように荷物を抱えて出かけようとするたびに、それを見送ってきたのは、他でもない彼である。彼女の慕う『お姉さま』も当然、彼は見知っていた。


「そうかい、そりゃあ楽しみだね」
「はい! 奏はもう、昨日からずっとドキドキしているのですよ〜」
「ははは、……おや、噂をすれば、お迎えがやってきたようだよ」

 頬を紅潮させながら、花のような笑顔を浮かべる少女。その笑顔を向けられ、年甲斐もなく頬が熱を持つのを感じる。それを悟られまいと彼が愛想笑いを浮かべた時、視界の向こうから黒いリムジンが近寄ってくるのが見えた。

 いってきます。いってらっしゃい。

 言葉を交わし、ゆっくり停車しようとしている車に走り寄る少女を見送る。後部座席のドアが開き、見かけるのは3度目にして、そろそろ見慣れつつあるメイド姿の女性が降りて、奏の荷物を受け取った。
 その開いたままのドアに駆け寄り、奏が中をのぞき込もうとした時──





がばぁっっっ!!!!



 ──車内から、真っ黒なナニカが飛び出し、あっという間に、少女の小さな体躯を包み込んだ。







「…………なっ……あ?!」

 咄嗟に身体が動かず、ぱくぱくと口を動かすが、声が続かない。
 暴漢が少女を脅かしたのであれば、鍛えた身体は直ちに少女の危機に反応し、腰に差した警棒はたちどころに不届き者を打ちのめしたであろう。
 しかし、今目の前で繰り広げられている異常事態に対して、彼の身体は反応できないでいた。

「……っ!、もがっ!……く、苦しいです…」
「……!?」

 少女がじたばたと手足を動かし始めて、ようやく自分の職務を思い出す。少女の救うべく手を伸ばし、一歩踏み出したところで、目の前の異常事態を無視し、トランクへ荷物を積み込んでいた女性と目があった。

 ──にっこり。

 心配いりませんよ、という意味を込めた笑い。それを見て落ち着きを取り戻し、改めて少女を抱き留めたものをみる。よく見れば、それは濃い藍色の洋服を着た、長い髪の女性だった。

 平均より小さめの奏を胸に抱き留め、さらにその勢いで、長い髪が奏の背中にまでかかっている。まるで黒い触手が少女を絡め取らんばかりだ。濃い洋服と、それ以上に黒く艶を持った髪のおかげで、真っ黒な正体不明の物体にしか見えない。

「ああ……奏ちゃん……相変わらず最高の抱き心地ね…」
「はややややや……紫苑お姉さまぁ〜〜、離して下さい〜〜」
「あらあら、こんなに可愛いのに、離せだなんて冷たいですわ」

 手足をばたばたとさせる奏を、いっそう強く抱きしめる女性。気のせいか、髪の毛がうねうねと蠢いては獲物を逃がさないように絡め取っているように見える。──果たしてこれは放っておいて良いのだろうか?疑問が脳裏をよぎる。



「紫苑さん、奏ちゃんが困っていますから、その辺で…」

 車の中から、新たな人物が顔を見せる。彼のよく知っている顔、少女の大切な『お姉さま』だ。その声に「まだ足りませんわ」と言いつつ、拘束を解く女性も、よく見れば見慣れた顔であった。彼女もかつて、『お姉さま』と慕われていた女性だったはずだ。

「ぷはぁっ! …はぁ、はぁ、はぁ、……」
「か、奏ちゃん、大丈夫…?」
「は、はいなのです〜〜」

 本当に苦しかったのだろう、呼吸を整えながら奏が答える。そこへ荷物を積み終えたメイドの女性がやってきて、乗車を促した。

 全員の姿が車内に消え、ゆっくりと黒リムジンが走り出す。その後ろ姿をぼんやりと見つめ、ふと、自分がまだ手を伸ばしたままの姿勢でいたことに気づく。

「はぁ……」

 ぽりぽりと後頭部を掻きつつ、門柱の脇まで引き返す。なんとなく、疲れた気がするなぁなどとと考えつつ、帰りもまた騒がしいのだろうか、とふとそんな考えが脳裏をよぎった。



──それはきっと、とても楽しみな事だった。


End.

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#初投下。

#ごめん、うまく面白いオチが書けなかった。というか奏2年生編の冒頭でしかないんだけど。
#でもまだ続き考えてない。

#紫苑さんにからみつかれる奏、というヨダ絵のシーンを書きたくて書いてみた。ただそれだけ。
#判ると思うけど、奏ルート後の話。

#外門がある、というのは完全な捏造。寮と学院までの位置関係が判らなかったから、でもゲームの描写から正門を抜けてすぐに街中、とは思えなかったので。
#寮は学園の敷地内だけど、毎朝正門はくぐっているようだし、だったら正門の外も学園の敷地で、生徒達が見えないように広めに土地を確保して居るんだろうな、と。

#エロは修行中なので、いつか機会があれば。

※注意※ この作品の続きには成人向けの表現が含まれています。
大変申し訳ありませんが、18歳未満の方はお戻りいただきますよう、お願い申し上げます。

『奏ちゃんとお風呂』に続く。

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